4 ロッククライミング
放課後、仕事が一段落ついて、中庭の陽射を眩しく見やった時であった。
山岳部のc君が下半身血染めの姿で保健室に現れた。
「どうしたとね」
思わず大声を上げていた。
付き添ってきた部員とc君がこもごもに話すところでは、ロッククライミングの練習中ミスをして落下したそうである。ところが、捨ててあった牛乳ビンの破片の上にモロに落ちてしまったとのこと。
トレパンを下ろすと、パンツは血だらけ。
―――こりゃあ、いけない。
を、喉の奥で止めて、
「よう学校まで歩いて来たねえ」
「うん。先生に診てもらわんばて思うて、一所懸命来たと」
すぐにタクシーで新大工町のh外科へ運んだ。
先生の診療前に土で汚れたところはきれいに拭き除らねばならない。看護婦が濡れたタオルで拭こうとした。c君は強硬にそれを拒んだ。負傷した場所が、肛門と陰部の中間なのである。
「看護婦さんじゃいや。先生に拭いてもらう」
と、言い張ってきかない。
看護婦は苦笑して私にタオルを渡した。
消毒、縫合―――そして、そのまま入院。
「いやあ、危なかったですよ。もうちょっとずれとったら大事になるところでしたよ」
h先生、治療が一段落したところで、ほっと息を吐きながらおっしゃる。
私は、家庭への連絡、学校への報告と、あわただしかった。
退院後、c君のお母さんがお礼に見えて、言われたことばが嬉しかった。
「よくもまあ、あの子が、先生に男の急所ば触らせ、タオルで拭いてもろうたもんですね。家ではお風呂に入っていて、私がちょっとでも開けるもんなら、『開くんな』ってどなっとですよ。そいがまあ、先生には………、親よりもよっぽど先生ば信頼しとっとですね」