13 網膜剥離
東高では大学入試に備えて12月に3年生にのみ再度視力検査をすることにしていた。
n君の視力の異常に気付いた。5月に測定したときには、右1.5、左0.8であったのに、今回は右1.5、左はなんと0.02に低下していた。驚いてn君に思い当たることがないか訊いた。
n君の話では、5月2日の日曜日、高体連の練習のためクラブ全員登校し、練習計画に従ってバドミントンの練習をした際、誤ってシャトルが左目に当たり負傷したとのこと。病院へは4日(火)に行ったが、その時k医師から、激しい運動はしないようにして、しばらく通院するよう言われたという。しかし、自分としては何ということもないし、2、3日通ったけれど、病院でも点眼と電気治療だけだったし、何よりも目前に高体連が迫っていて、キャプテンとして練習を早めに切り上げて病院に通うわけには行かなかった―――と言う。
私は、外傷性の視力障害の怖さを説明し、早急に病院に行くように指示した。
受診の結果「網膜剥離」―――総合病院に入院、手術とのこと。
n君の両親は手術しないと失明のおそれありと聞いて驚いた。
「たかがバドミントンの球が当たったぐらいで失明するとは………。勉強のことは常に注意していたけれど、体の方はどうも………。私の不注意でした。球が目に当たったときも別に傷もなかったようだったし、本人もたいしたことはないと言うものですから」
と、受験を目前に控えてすっかり参った様子である。
年末に入院、体調を整えた上で1月末に手術した。
2月半ばに退院してきたが、再度手術が必要とのことであった。
両親も、もちろんn君も、入試前の大切な50日間を入院生活で潰すことを残念がっていた。しかし、失明という最悪の事態になるよりは、と覚悟を決めて、再度の手術をしたのだった。たとえ浪人してもいいからと、退院から国立一期の入試までの数日間をがんばった。
問題は入院の費用である。学校安全会に問い合わせると、事故発生から疾病発見まで日数が経ち過ぎているから因果関係が立証されにくい、と、私の予測した通りの杓子定規なお役所の返事であった。何か方法はないかと、思案していたころ、校長室に呼ばれた。n君の両親が教育委員会に訴え出ているとのこと。学校も私も通り越して、いきなり教育委員会へ―――、感謝こそされても、こんな仕打ちはないと思ったものの、先立つものはお金、無理もないと、思いなおした。
さっそくk医師を訪ね、経緯を説明し意見書を書いてほしいとお願いした。渋い顔のk医師に、何度も訪ねてお願いを続けた。ようやく意見書を手にした時は嬉しかった。
後の処理は県教委の経験がものを言った。
n君に関する費用は全額支給されることになった。
安全会にお礼に行くと、
「高原さんの完璧な書類作成にはかなわんもんなあ」
と、労をねぎらわれた。嬉しかった。
さらに、嬉しさは倍加した。n君が念願の九大工学部に合格したのである。諸々のアクシデントを乗り越えての合格に、私もいろいろな感情がこみ上げて嬉し泣きしたことであった。