ハウステンボスは単なるテーマパークではない。ハウステンボスが目指しているものは何なのか。ひと言で言えば、未来の理想的な街を作ろうとしている、と言える。人間は自然の一部である。自然と離れたところで長く生活しているとオカシクなると言われている。人間は美しい自然に近いところで、自然と接しながら生活するのが理想的な生き方ではないのだろうか。自然に囲まれ、自然の空気の中で、自分の筋肉を使って、気持ちのよい汗をかきながら生活するのが本当に人間らしい理想の生活ではないだろうか。そして、その生活は、自然を汚さない、自然に優しいものでなくてはならない。若し、本気でこんな生活をしようと思ったら、原始時代の生活に戻れ、と言うことになるのかも知れないが、これだけ文明が進んで、人間が文明に馴れ親しんだ生活をして来ていると、今更、原始時代の生活に戻ることは出来ない。こうした理想的な生活をするためには、人間が人間の知恵で培って来た現代のハイテクの力を借りなければならない。だから理想的な未来の街と言うのは、目に見える街の表面はあくまで自然を生かしたエコロジカルで美しい環境であって、目に見えないところで、現代の最高のハイテクが、言わば隠し味になって街の機能を支えている、そういう街ではないかと考える。
21世紀は、配分の時代ではないか、と思う。1950年に26億人だった地球の総人口が現在60億人。昨2000年の10月12日に世界の人口が60億人を越えた。50年で2倍以上も増えたことになる。1800年に10億人だった地球人口が、倍の20億人になったのは、130年後の1930年だったと言われる。人口増加のスピードが加速されている様子が伺える。現在、毎日30万人の人が生まれ、5万人の人が死んでいる計算になっている。このまま増加すると、2050年には89億人、2100年には104億人になると予想されている。自然界には、「種の個体数の調節」と言う仕組みがある。一つの種が増え過ぎると、自然淘汰の力が働いて、その数を調整しようとする。一種の神の摂理と言える。ところが、人間は科学の力でこの自然淘汰の仕組みを克服して、言わば神の摂理に背いて、増え過ぎているのではないか、と思う。そして、増え過ぎた人間が地球の自然を食いつぶしている。人間は地球のお邪魔虫になって来ていると思う。その地球のお邪魔虫の人間が増えることで、環境破壊の速度が早まるし、食料危機も深刻になる。食料について言えば、人口が増えることによる量の問題もさることながら、質の問題もある。昔は日本人は米、所謂穀物、つまり澱粉中心の食生活をしていたが、今や60~65%は澱粉以外の食料を摂取している。鶏肉や豚肉を作るには、1キロあたり3~4キロの穀物が必要になる。これが牛肉となると1キロ辺り7~8キロの穀物が必要。穀物中心の生活をしている12億人とも13億人とも言われる中国人の食生活が、牛肉中心になって行ったとすると、それだけでも世界中で大きな食料不足が生じるのではないか。限られた資源や食料を上手に配分することが出来なければ、奪い合いの戦争が始まる恐ろしい時代が来るかも知れない。地球環境にとって、この人口問題が最大の問題なのではないか。
ハウステンボスの街の表面はオランダの町並みを借りて、緑と花と水とレンガの建物で作られた美しい環境が作られている。一方、街の地下には、3200メートルのトンネルが縦横に張りめぐらされていて、ここに上下水道、電気、エネルギー、通信、光ファイバーが通り、目に見えない所で現代の最高のハイテクが街の機能を支えている。 現在ハウステンボスがあるこの土地は、古くからの埋め立て地だった。更に、長崎県は列島改造論の掛け声に乗って、1969年から8年がかりで192億円の金をかけて埋め立てを更に進め、工場を誘致したが誘致に失敗した。この土地は、大村湾の入り口を塞いでいる針尾島の内側にある。ここに工場が出来て、工場排水を流し始めたら、大村湾の水質は急速に悪化して、大変なことになったと思われる。誘致に乗って来てくれる工場がなくて幸せだったと言えるかも知れない。永い間、放置されて県のお荷物になっていた土地だった。土地も荒れ放題に荒れていて、ぺんぺん草も生えない、腐った土地だった。ここに20万トンの客土を入れ、有機堆肥やピートモスを入れて土壌改良を行い、全長6キロの運河を掘って水を入れて生態系の復活を図った。 40万本の木と30万本の花を植え美しい自然を取り戻す努力をした。
この街の陸と水の境目には、コンクリートの部分は1メートルもない。埋め立て地のコンクリートだった部分は全部壊して、全て石積みとか、木とか、土にした。海と陸の境目と言うのは海の微生物と陸の微生物が交わる生態系的に非常に微妙で大切な部分。この境目をコンクリートで遮ってしまうと、その部分が死んだ土地になってしまい、これが海と陸の両方に広がって行くと言われる。この辺はオランダ人が干拓によって自分の国を作り上げてきた国土開発の手法に習って街づくりをして来ている。
オランダはライン川の河口にある三角州の上に出来た国故、海は遠浅である。オランダ人たちは400年の昔から、自分たちで土地を作り出して来た。まず、遠浅の湾の入り口を堤防で塞き止める。この堤防もコンクリートではなくて石を積み上げた堤防にしてある。オランダでは石が出ないので、スイスやスカンジナビアから買って運んで来た。当時はコンクリートがなかったのかも知ないが、いずれにしてもコンクリートなら、50年とか、100年で劣化する。自然の石なら、永久に持つ。それだけ、長い眼でものを考えている。更に、石積みだと海と陸の境目の微妙で大切な生態系を守ることが出来る。オランダの国の真ん中にアイセル湖という人工の大きな湖があって、この湖を海から塞き止めている大堤防があるが、これは30キロ以上のもので、全部石積みになっている。こうして、海水を塞き止めておいて、風車の力で中の海水を掻い出す。塩が抜けるのを待って、草を植え、樹木を植えて行った。この木が30年も経って、大きく育って森になったら、これを切り開いて教会を作り、学校を作り、人が住む家を作って、町を作って行った。従って、オランダの町は、人工的に作られた自然の中に出来ている。こうして、人工的に作られた海面よりも低い土地が、現在の国土の40%に登ると言われている。オランダには「地球は神様が作ったけれど、オランダはオランダ人が作った」と言う言葉があって、オランダ人たちはこの言葉を誇りにしているが、ハウステンボスの街づくりの手法は、このオランダ人の街づくりの手法、と言うか、コンセプトを見習って来ている。
街の表面をレンガで覆ってあるのも自然に対する配慮。これをコンクリートやアスファルトで覆うと雨水が地表の汚れを洗い流して、これが海や運河に流れ込んで海を汚ごすが,レンガ敷にして、レンガとレンガの間を土や砂にしておくと、雨が一旦地面にしみ込んで、土を通って海に流れて行く。また、アスファルトで覆われた道路の下は極端な水不足で砂漠の状態になるとのことで、ここでも生態系の破壊が行われていたが、レンガだと水が石の下に染み込むので、生態系を破壊しないで済む。
生活排水も一滴も直接海に流れないようになっている。一度使った水は、通常なら、2次処理までやって放水するが、ハウステンボスでは3次処理までやった上に高度処理を行い、いわゆる中水として再利用する。木や花に散水したり、トイレの洗浄水に使ったり、冷却水として使ったりして使い、それでも余った水は地面に浸透させたり、蒸発させたりして自然に返している。大村湾の水のbod値は2ppm程度で、法律的には20ppm迄の水を流しても良いことになっているが、ハウステンボスから出る水は1ppmかそれ以下になっていて、確実に大村湾よりも綺麗な水になっている。この街は自然をきれいにして行っている街だと言える。
ハウステンボスの隣に、米軍の宿舎がある。ここから出る排水は20ppmの基準で出ている。ハウステンボスが出来て、最初の頃、こちらはキレイな水を排水しているのに、隣の米軍の施設からは汚い水が排水されるのはオカシイのではないか、と言う疑問を投げかけたことがあったが、この種の施設と言うのは、日本国の税金で作られている。法律で作られた基準以上のことをするのは税金の無駄遣いだ、と言う議論になった。経済学とか、経済成長とか、経済発展とか、gdpとか言うものの中に、何かの形で、環境、と言う関数を入れねばならない時代が来ているのではないか、と考える。
この街には外部からの水の供給が止まった時に自分で水を供給する設備がある。海水を真水にする淡水化装置が作られている。これまでに2度程実際に稼動した。値段的には高いものにつくが、お金さえかければ、市民に迷惑を掛けないで済むし、施設を休ませないで運営できる。この淡水化装置は、石油を焚いて真水を作るのではなく、浸透膜を利用した逆浸透方式なので、自然に配慮した装置と言える。
こうした水に対する配慮、が評価されて、平成11年度の「水資源功績者」の表彰を受けた。これは当時の国土庁が水資源行政の推進に関して、特に顕著な功労のあったものを表彰したもので、民間ではハウステンボスが唯一の企業だった。水に関しては、水のリサイクルシステムが評価されて、平成7年に環境庁から「水環境賞」の表彰を受けている。また、運河の水の入れ換えに潮位差を利用して省エネを実現したことが評価されて、平成9年に通産省から「省エネルギーセンター会長賞」を受賞している。
エネルギーは天然ガスと電気である。ハウステンボスを計画する段階では、一番環境を汚染しない熱源は天然ガスだったので、西部ガスに依頼して天然ガスを導入して貰った。天然ガスからガスタービン発電で電気を作り、その廃熱を利用したボイラーで175度の蒸気を作る。いわゆるコ・ジェネで作った蒸気を使って暖房をする。冷房もこの蒸気を蒸気吸収式冷凍機の熱源にして7度の冷水を作り、これで冷たい空気を作る。必要な蒸気を作る分だけの発電をして、自家発電で出来る電気で足りない分を、九州電力から買っている。平均すると、自分で賄っている電気の量は、全体の35%程度、と言う数字が出ている。ガスタービンの熱効率は25%程度と言われているが、コ・ジェネで作る蒸気の利用分が45%あるので、天然ガスの熱効率は70%以上になっている。逆に、蒸気が足りないときは、直炊きのボイラーで蒸気を作る。この部分の熱効率は90%と言われるので、天然ガスのエネルギーは相当効率よく使われていることが判る。蒸気吸収式冷凍機は、フロンガスを使わず、水と熱から冷たい水を作る装置であるため、オゾン層の破壊と言った自然環境の破壊をしないで済む。
電気は大部分九州電力から買っているが、平成11年からnedo(通産省傘下の新エネルギー・産業技術総合開発機構)の補助を貰って、「先導的高効率エネルギーシステム・フィールドテスト事業」なるものに参画し、場内に燃料電池を設置して、フィールドテストをやっている。まだ実験段階で200キロワットの設備だが、出来た電気は勿論、実際の電源として使っている。一緒に出来る温水のうち、90度の高熱温水は熱源として使い、又60度の低熱温水はホテルのプールや温室に利用している。これらがフル稼働すると、熱効率80%を達成することが出来ることになる。
太陽光電池についても、研究している。ハウステンボスの駐車場全体に屋根をつけて、その屋根を全部太陽光電池のパネルにすれば、ハウステンボスが使う電気は賄える、と言う試算は出来ているが、お金の問題など解決されていない問題が残っていて、まだ実際には手がつけられていない。近い将来、これもnedoがやっているフィールドテストに参加出来ると良いな、と考えている。
ハウステンボスからは一日平均約7トンのゴミが出る。その内3トンが所謂生ゴミ。これを完全に分別し、微生物と一定の熱環境を与え、攪拌などの作業を加えて、全部堆肥にして現実に場内のお花畑で使っている。焼却するゴミが減った分、重油の使用量も減って、排出する二酸化炭素やnox、soxの量も減らしている。このシステムをコンポスト処理と呼んでいるが、この工場を、ゴルフ場のすぐ近くに持っている。これが平成10年度の、省エネルギー優秀事例と言うことになり、平成10年2月に通産大臣賞を受けた。このコンポスト・システムについては「ハウステンボス・リサイクル・コンポスト・システム」と言う名称でコンサルティング販売を行っているが、平成12年4月に鹿児島で実用化第一号が誕生した。
この様な、理想的、と言うか理想に近い町は自然発生的には出来るものではない。国や地方自治体の力で作ることも困難ではないかと思われる。それなら、一つの企業がこう言う理想的な街を作って,そのサンプルを世の中に示し、これを経営的に成り立たせてみようではないか、こんな町が現実に存在出来る、と言うことを世界中の人に知って貰おうではないか、と言うのがハウステンボスがやろうとしていることである。エコノミーとエコロジーを両立させ,これをテクノロジーが支える街を作ろうとしている。自然環境を守ると言うことに止まらず、人間がこれまで破壊して来た自然環境を改善して行こうとしているのである。それには現代の最高のハイテクの力が必要になる。それもテクノロジーは目に見えないところで、言わば隠し味として働かせる。こんな考え方で事業を進めている企業は日本にはないと思うし、世界中にもないのではないかと思う。ハウステンボスは"理想的な未来の街を作って,これを経営的に成り立たせて行こう"と言う新しい試みと言うか壮大な実験に挑戦しつつあると言える。国内的にも国際的にも注目を集めて来ていて、見学者も多い。ハウステンボスのことが段々世の中に知られるようになり、ここでやっている世界に類のない壮大な実験が成功したら面白いのではないか,と注目してくれている人が増えてきている。
本来、街には住人がいる。街の住人がそれぞれに経済活動を営んで,その街を成り立たせている。この街も将来は人が住む街にして行く計画だった。ハウステンボスは9年前の平成4年3月に第1期が完成したところでオープンした。すぐに第二期・第三期に入る計画を持っていた。第三期計画まで完成すると、実際に住民がいて、その住民の日常の生活実需を中心に街が成り立っていけると言う計画だったが、オープンの時期が丁度バブルが弾けた時期に重なってしまい、その後も景気が中々回復しない中で、それ以上の投資が出来ず、計画が進まないでいる。その後、ホテルや施設を追加したり、場外にホテルを作って貰ったりして、現在1.5期程度の段階だがまだ街には住人がいない。周りに万の単位で人が住む町が出来、この人たちが生活の為にこの街でお金を使ってくれるのが将来の姿である。
ハウステンボスの敷地の総面積は152ヘクタールで、地中海沿岸のモナコやニースと同じ程度の広さである。これらの街の人たちは、自分たちが実際に住んで経済活動を行い、その上に観光客に来て貰って街を成り立たせている。ハウステンボスも将来は、実際に人が住んで、観光で成り立つ様な街に成長させて行きたいと考えている。
本当の街なら、入場料を取るなんてことはない。我々の将来の夢は、入場料の要らない本当の街に育て上げることだが、今はまだ住人がいない。住人を作る努力は着々と進めて来ている。ハウステンボスを見下ろす丘に、マンションを建てつつある。現在4棟目まで完成し、全部売り切れて、500人ほどの住人が出来た。将来、大村湾を囲んで住空間が出来、何万の単位で住人が出来て、その住人たちがこの街を使って経済活動をしてくれるようになれば、入場料を頂かなくても、経営的に成り立つ本当の街が出来る。
住人がいない上に、この街には,回収の出来ない大きな投資がなされている。自然環境の保護や街のシステム作りに投資されたお金を回収するために入場料を頂戴し、ホテルやレストランや売店でお金を使ってもらって街を成り立たせて行こうとしている。従って、この事業の中で観光の部分は言わば手段と言えるが、お越しになるお客様に喜んで頂くために様々の努力がなされている。
長崎・佐世保は日本の最西端に当たるが、東南アジアの中心に位置する。早くから中国系アジア人、韓国人に対する営業活動を行ってきたが、その効果があって現在、10%程度は、アジアからの観光客を受け入れている。将来は中国からの観光客が増えることを期待している。
ハウステンボスは観光を手段として街を経営的に成り立たせようとしているが、他の手段を使っても、こんな街が成り立つかも知れない。農業でも、林業でも、水産業でも、工夫すればit産業などの製造業でも、街を成り立たせるための手段になり得るかも知れない。自然を大切にした理想的な街、第二・第三のハウステンボスが日本の各地に出来て行ったら、素晴らしいことではないか、と考える。そのためにもこの実験は成功させたい。
バブル経済の破綻に続く長期の不況の中で、日本中のテーマパークが苦戦を強いられている。ハウステンボスもまだ赤字経営を脱却できないでいるが、健闘している方だ、と言える。このまま自助努力を続けて、3年後には黒字体質にして、一人前の会社に仕上げたいと努力を重ねている。幸い、この事業は、観光業とは言いながら、単なる人集めのためのテーマパークではない。5年先、10年先を見れば必ず世の中の役に立つ事業だと信じている。全国の一兆円企業と言われる大企業が30社も資本参加してくれ、長崎県や佐世保市、西彼町の地方自治体からも資本の参加を始め種々の援助を得て第三セクターになっている。又各界のトップを始め全国の皆さんが、この事業に関心を持ってくれているのは、これは未来の産業ではないか、この世界でも例のない壮大な実験が成功したら面白いではないかという応援の気持ちからではないかと思う。出来たばかりでまだ足腰がシッカリ出来上がっていない会社がイキナリ不況の波を浴びて、ここ2・3年は苦しい時期が続くが是非応援をお願いしたい。
この街は1000年の時を刻む街として作られている。なぜ、オランダの街なのか、と言う疑問があるかも知れないが、いま、日本で一番日本的と言われる街は京都とか奈良だと思う。京都や奈良は中国の長安を真似て作られた街。京都の前身の平安京が出来たのが、794年。当時、外国の街を模倣して作られた街が、1200年経ったら、一番日本らしい街と言われている。ハウステンボスも1000年経ったら一番日本らしい街と言われているかも知れない。1000年はオーバーでも、少なくとも10年後20年後を見据えて頑張っている。日本の西の果ての、この長崎・佐世保で、こういうことをやろう、成功させよう、と努力している人間の集団がいることを知って頂き、旨く行くように見守って欲しい。