『トンチンカン人形館』(仮称)設立主旨試案

 戦後、原爆による傷がまだ残る長崎に小さな素焼きの人形が誕生した。おみやげ品店に置かれていた人形は、最初の頃は地元の人々には見向きもされないものだったが、長崎を訪れる観光客には人気があり、その評判は口コミによって全国に知れ渡っていった。折しも昭和37年(1692)、ブラジルの詩人、I.C.ヴィニョーレス氏によって、『デザイン』誌に紹介されるや、その独創的な造形性は地元といわず全国の芸術家や文化人の間にも知れ渡った。
 人形の形態は初期の頃、楽しげな阿茶さん(中国人)風人形であったが、研磨研鑽を積むにしたがい、シュールでユーモラスな多彩な造形が生まれ、それらは単なる人形の次元を越え、世界でも希なる“トンチンカン人形世界”を開示するのである。
 人形、お面の造形はピカソ、ミロ、ジャコメッティなどと比較されたが、アフリカ彫刻、南米インディオの造形、日本の埴輪などの原始美術とも通底するものがあった。昭和29年(1954)〜45年(1970)の14年間に生み出された人形、面の数は20万〜30万体とう脅威的な数であるが、生みの親である人形師は己の命を人形に注ぎ込むように42歳の若さで亡くなった。

 人形師の名前は久保田 馨(かおる)(昭和3年生まれ。45年没)。出身地は静岡県であったが、外語専門学校を卒業後、縁あって24歳で長崎に住んだ。
 長崎焼きの阿茶さん人形に魅せられた久保田は、中原仁斉の工房に弟子入りし、2年間、焼き物を学び、独立してからは自分の人形を作りだした。愛宕山に住むようになった久保田は、そこに2坪ほどの小さな工房を構え、「トンチン館」と称した。
 人形を作る一方で久保田は生物を愛しむ俳句を作句し、また、近所の子供たちをトンチン館に集め、『アリの会』という名の子供会を作り、週一回の俳句会、勉強会、ゲーム等を教え、さながら良寛さんのごとく遊んだ。その会は多い時で40人を超えるまでになっていた。
 久保田は子供たちに生命の尊さを教え、自らも蚊一匹を殺さぬ生き方を貫き、原水爆を作った人形の愚かさを憎み、悲しんだ。子供たちとの回覧ノート『アリの会ーみんなのかべ』には久保田の心情がよく表されている文があるので、その一部を紹介しよう。

(前略)
戦争をにくみ平和をねがう気持ちにだれだってかわりない。
それなのに世の中には馬鹿な人間がいて、ひそかに戦争のよういをしている。あれほどの大殺人器のゲンバク、スイバクをこっそり(でもないか)どしどし作っている。
とんでもないことだ。
「そんなバカオソロシイものはみんな海のそこにおすてなさい」とさけびたい。
何とかして、みんなでそうさけびたい!
そのバカオソロシイことは、われわれ長崎人が一番よく知っているんだ!
今日は今日の風向きにハタあげしんけんです。
きのうとははんたいの風むきにハタあげ長崎平和。
とにかく長崎は平和だ。平和バンザイ。平和、平和、なんてうつくしい字なんだ!
平和は来るものではない、つかむものだ。
どうしてつかむか!ぼくはトンチンカン人形にきいた。
人形が答えた!
「ドロの手でつかみなさい!」
トンチンカン人形よサンキュー。
平和を信じて人形をつくっていく。
平和を信じて人形に目をいれてく。
戦争をにくんで人形をおどけさせる。
ゲンスイバクつくられているかぎり、人形を作っていく。

 人形は久保田にとって平和記念像でもあった。また、人間の不条理性をトンチンカンなるものととらえ、“人形をおどけさせる”のであった。それはユーモアでもあったが、人間存在の悲しみをも表現しているといえるでしょう。

 『トンチンカン人形館』は離散し、消えていこうとしている久保田馨の作品を保存、管理し、その精神世界を多くの人々に知っていただき、末永く残そうとするものです。

●展示品
展示するものは久保田馨が生み出した人形、面、彫刻、絵画、俳句、俳画ーー等です。関係者の間にどの程度の作品が残されているのか正確な数はまだ出ていませんが、一千点は下らないと思われます。また、世界の不思議な造形(人形、お面等)もトンチンカン世界として展示してもいいと思います。

●場所
「人形館」の場所は久保田が住み、工房があった愛宕山周辺に設立するのが一番好ましいと考えますが、公共施設であるからには身体が不自由な方々も来館できる場ではなくてはなりません。他に、新たに作られる公園の一角であるとか、いつかはできると考えられる美術館に近接する場所などが考えられます。

●建物・施設
・人形の展示場となる建物の外観は、久保田馨の世界にふさわしく、彼が創った人形をそのまま何十倍に拡大した形態がユニークで一つの主張があると考えます。
・その展示場の周りには、やはり人形やお面を拡大したオブジェを置き、草花樹木などと構成した一大造形公園したら楽しいトンチンカン遊園地になると思います。
・その他に企画展示場を設け、子供たちの展覧会、世界のプリミティブアート(素朴な芸術)、民族芸術などの企画展をして世界との交流をはかります。
・また、敷地の一角にアトリエコーナーを設け、粘土細工をしたものを窯で 焼ける設備があったらと思います。

 展示場、企画展示場、造形公園、アトリエコーナーと規模は大きくないにしても営利目的が多い昨今、このような実質的な夢のある場が長崎にあってもいいのではないでしょうか。生命=遊び=創造=宇宙=生命 と考えていた久保田馨の世界がトンチンカン人形館を通じて人々の創造性を喚起し、また、世界平和を願うモニュメントとなれば幸いです。


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