読書の勧め
鈴木 久
君の青春にこの一冊を

 だれにでも、自分の人生に大きな意味をもった本との出会いがある。

 母の読んでくれた本

 私の心の奥深く収められている一冊の本がある。小学校の2、3年の頃、母が声をつまらせながら読んでくれた本であるが、題名も内容も全く覚えていない。ただ、雪の降る夜、丁推奉公の少年が火の気のない狭い部屋で、リンゴ箱を机に、かじかんだ手をこすりながら勉強している光景だけが何故か記憶に浮かんでくる。社会矛盾と人間の生き方を考えさせてくれた最初の本であった

 愛することの意味を求めて

 旧制中学四年(現高一)で旧制高校受験に失敗、悲嘆の涙にくれたが、そのあとで人を愛することを知った。そして倉田百三の『愛と認識との出発』と阿部次郎の『三太郎の日記』を夢中で読んだ。「認識を透して、高められたる愛こそ生命のまことの力であり、熱であり、光である」「恋愛の究極は宗教でなければならない」といった文章に魅せられた。

 一冊の本といえば

 ヨーロッパ人は、一冊の本をといわれれば『聖書』と答える。もう一冊となると答は分かれるが、モンテーニュの『随想録』が一番多いという話を聞いたことがある。日本ではどうなるであろうか。太平洋戦争に学徒動員で戦場に赴いた学生の背のうには『万葉集』が必ず入っていたということである。
 今はなき著名な文芸評論家亀井勝一郎先生に若い人にすすめる一冊を挙げていただいたことがある。先生は即座に漱石の『こころ』を挙げられた。その漱石は、自分の娘が年頃になったらぜひ読ませたい本として長塚節の『土』を推奨し、『土』の序文にその旨を書いている。私も漱石にならって言わせてもらえば、『土』と同じ鬼怒川のほとりの農村を舞台にした牛久の作家住井すゑ先生の『夜あけ朝あけ』をすすめたい。

 君の青春にはこの本を

 しかし、一冊だけということになれば、君の青春には、どうしてもロジェ・マルタン・デュ・ガールの『チボー家の人々』をすすめたい。今思い出しても胸の痛くなるような感動を君にも伝えたいのだ。
 私がこの本を手にしたのは大学を出て、原爆の跡もすさまじい長崎市の高校に赴任して3年ぐらい経ってからである。昭和32、3年、大変な話題になった作品で、戦前すでにノーベル文学賞に輝いた大作であった。
 この作品の世界は、第一次世界大戦前後のフランスで、上流社会に生まれたジャック・チボーの一生を扱っている。ジャックは家・学校・社会の権威に立ちむかい、自分に忠実に生きようとした。友情、孤独、愛、戦争と平和、社会正義、そして死。人生のあらゆる問題をこの作品から学ぶことが出来る。
 NHKは長時間ラジオドラマに構成して流した。私はその録音テープを昼休みに教室で生徒と一緒に聴いた。教室は毎回満員だった。それがきっかけで私の下宿に泊まって、夜通し語り合った教え子とのつきあいは今日まで続いている。その後間もなく茨城に転任することになった時、講堂で全生徒を前に行った「一九一四年夏」のテープを使っての世界史の「さよなら授業」は、私にとって決して忘れることの出来ない思い出となった。
 さらに住井先生の『橋のない川』は差別を許さない人間の尊厳をテーマにした大作であり、ぜひ取り組んで欲しい。先日住井先生をお訪ねしたところ、先生から秋にはその英訳本が出るというお話をきいた。世界的文学として極めて高い評価を集めるに違いない。

(1998.7.19)
わたしの好きな言葉・青春の書

 本校(竹園高校)に常勤講師として2年、あっという間であった。楽しい張りのある日々であった。これからは教壇に立つこともあるまい。そう思うとどうしても感傷的になってくる今日この頃である。これから、いわば君達に贈る言葉とでもいうものを書いてみよう。

 汝の馬車を星に繋げ

 明治10年(1877)4月、札幌農学校を去ることになったクラーク先生は、20キロもはなれたところまで馬で見送ってくれた学生たちと握手を交わし、馬に一鞭当てて一言叫んで去っていった。その最後の言葉が、あの有名な "Boys be ambitious." であることは諸君周知の通りである。
 それから50年後の昭和2年(1927)、内村鑑三先生が札幌農学校の後身北海道大学の中央講堂で、クラーク先生の言葉そのままの演題で講演した。先生はその言葉の意味を解説して、エマソンの "Hitch your wagon to a star." 「汝の馬車を星に繋げ」と同じ精神だと述べている。本校国際科の案内パンフにこの英文を見た時、わが意を得たりと嬉しく思った。そこには「高きをめざせ」と訳がつけられている。内村先生はアンビッションを「将来自分がなしとげてやろうとする仕事をしっかりきめる精神をいう」といわれている。またボーイとは「アンビッションを有する人」であるとして、当時67歳であった先生が「自分が"ボーイ"であることを確信している」と言っているから、わたしにも"ボーイ"と言う資格はありそうだ。

 「チボー家の人々」

 谷川俊太郎の詩に「ネロ」という詩がある。この詩は、すでに死んでしまった愛犬ネロによびかけるかたちで、作者の過ぎ去った青春(夏)を思い、そこから新しい人生(夏)に期待と不安を抱きながらも自分の納得いく歩みを続けようとうたっている。
 「今僕は自分のや自分のでないいろいろの夏を思い出している。メゾンラフィットの夏…」という箇所があるが、これは作者の心をゆさぶった、ロジェ・マルタン・デュ・ガールの小説『チボー家の人々』のジャック・チボーとその友人の妹ジェニーとの出会いをさしている。月の光が壁に映し出した彼女の影の横顔にジャックがキスをする場面に、わたくしも胸をしめつけられた。
 わたしが大学を出て最初に赴任したのは長崎市内の高校で、長崎市内にはまだ原爆の爪痕が生々しく残っていた。その頃、戦前すでにノーベル文学賞に輝いたこの小説が話題となり、NHKが長時間ラジオドラマにして放送した。わたしはそれを録音して、昼休み一教室にテープレコーダーをもちこんだ。教室は毎回満員だった。
 この作品は、第一次世界大戦前後のフランスを舞台に、上流家庭に生れたジャック・チボーの一生を扱った8部からなる大作である。(中略)
 ジャックは家・学校・社会の権成と不正に立ち向かい、自分に忠実に生きようとした。友情・孤独・愛・戦争と平和・死、人生のすべてのテーマがこの作品には取り上げられている。(中略)

"Als ich kann."

 わたしの好きな言葉と本をもう一つ挙げよう。それはロマン・ローランの『ジャン・クリストフ』だ。音楽家をめざすジャン・クリストフが絶望に陥った時、無学だが、真剣に生きる行商人の叔父が、彼に説き聞かせるシーンがある。
 朝、染まっている、そして凍てついている地平線に差し昇った太陽を、ゴットフリートは指さした。「明けて来る新しい日に対して敬虔な心をお持ち! …今日を生きることだよ。その日その日に対して敬虔でおあり、その日その日を愛して、尊敬して、何よりもその日を凋ませないことだよ。…できないことのためにくよくよして心を曇らしたって何になるものか。人間は、自分にできるだけのことをしなければならないのだ… "Als ich kann." (私にできるだけのことを…画家ヴァン・エックが標語とした句)…英雄とはどんなもんだかわたしにはあまりよう解らない。でも、わしの考えでは、英雄ってのはつまり、自分にできることをする人のことだろう。英雄でない人々は、自分にできることをしないんだからね。」
 この文章をこれまで何度読みまた書いてきたろう。その都度わたしは新しい感動を覚える。

優しいということ

 何か一言といわれると、きまって書く文がある。
  うつくしくて
  あったかくて
  やさしくて
  そして強い人に
 そのなかで、人間を最も強くするのは「やさしさ」だと思う。大袈裟に言えば、地球と人類を救う力は「やさしさ」だと思う。やさしい人が未来を語れる。
 太宰治は河盛好蔵にあてて次のような手紙を書いている。
 「…私は優といふ字を考へます。これは優れるといふ字で…でも、もう一つ読み方があるでせう? 優しいとも読みます。この字を良く見ると、人偏に憂ふると書いてゐます。人を憂ふる、人の淋しさ、侘しさ、つらさに敏感な事、これが優しさであり、また人間として、一番優れてゐる事ぢゃないかしら。」と。

(1994.3.1)