2001年1月20日(土)長崎新聞掲載
長崎新聞新春文芸小説 演歌屋ブンちゃん
 その日のブンちゃんは、白地に鶴の刺繍入りの派手な衣装を、いかにもといった風情で着込んでいた。ちょっとしたスター気取りは相変わらずで、馬鹿丁寧に祭りの世話役に挨拶されていた。
 「まるで水前寺清子の男版のごたるね。着物から鶴が今にも羽ばたきそうばい」
 笑いながら近づくと、ブンちゃんはようやく私に気づいた。
 「あれっ。どうしたと?今日は取材ね?」
 「うん、ミニコミ紙のアルバイトでね。網場の公民館祭りば取材しよっとさ」
 「ふーん、貧乏ライターのつらかところたいね」
 「ふん、お互いさまたい。ブンちゃんこそ、東京デビューはどうなったとね?」
 「そいはもう言わんでよ。せっかく忘れとったとにさ」
 「何でね。張り切って上京したたいね」
 「結局さあ、向こうのプロダクションに騙されてね。預けた金五百万は全部持ち逃げたい。残ったとは自費で出したCD千枚の段ボール箱と借金だけやったとさ」
 「へーっ。世間にようある話のごたるね」

 今年の春頃だったか、ブンちゃんは思案橋のちゃんぽん屋に入った。そこであまり聞いたことのない週刊誌から「演歌の大型新人募集!」の広告記事を偶然見つけた。自称長崎在住の演歌歌手の三十男は、この記事を自分の運命として受けとめてしまったのだ。
 ハガキで応募すると、一週間で面接日が決まり、ブンちゃんは慌てて上京した。そして、東京から戻って来た時には、天下でも取ったように喜色満面。プロダクションの面接に合格したというのだ。
 「おいも運が向いてきた。スターになる道の開けた。来週、本格的に長崎ば離れるばい。工事現場で働きながら、銅座のクラブで唄いよったばってん、苦節十年、遂にプロになる日の来たとばい…頑張った甲斐のあった」
 時代がかった臭いセリフ回しに周囲は苦笑した。
 週末の土曜日には、私が事務局長で、ブンちゃんが顧問を務めるカラオケサークル「長崎演歌ば唄おう会」のメンバーが集まり、送別会を開くことになった。ブンちゃんはほぼ全員から餞別をせしめた。最後の挨拶では感極まったのか、演技なのか、「皆さん、今日のことは一生忘れませんけん。必ずヒット曲ば出して長崎の五木ひろしとなって凱旋しますけん!」と涙ながらに言い放ったが、「どうせなら前川清と言え!」と野次が飛んだ。

 郷土の星蛍茶屋文太さん来る!デビュー曲『長坂の恋』、と書かれた公民館前の立て看板が妙に目立った。縁には金色のモールが賑やかだ。『長坂の恋』はブンちゃんが作詞し、東京のプロダクション専属の作曲家が曲を付けた。長崎くんちの日に、諏訪神社の長坂で偶然知り合った若い二人に恋が芽生える、という安易な内容の曲らしいのだが、私は一度も聴いたことがない。
 「ブンちゃん、長坂は今年、イメージの悪かぞ。踊町と白トッポ組がもめたごたるしね。この曲は売れんとじゃなか?」
 ブンちゃんはニヤリと笑った。
 「そうのごたるね。でも関係なかよ。長崎んもんの性格がよう分かったけんね。長崎在住の演歌歌手は相手にされんとばってん、東京でデビューばして、帰ってきた歌手は売れんでもチヤホヤされるとさ。カラオケ教室のおばちゃんにも、文太先生て呼ばるっとよ。自慢じゃなかばってん、追っかけもおるばい」
 受付で挨拶が終わると、世話役が控え室まで案内してくれた。「出番まで時間のありますけん、ビールでも飲まんですか」とすすめた。ブンちゃんにすすめながら自分のコップにも勢いよく注ぎ込んだ。そばにいた婦人部のおばさんに「おーい、キクコさん。文太先生と記者さんが、飲み足りんてばい。仕方んなか、あと二本出してくれんね」と大声で催促した。さっきまで大人なしくペコペコ頭を下げていた世話役は、アルコールが入ってくると、徐々に人が変わった。気が大きくなるのか、顔を赤らめ、町の自慢話を長々としゃべり始めた。
 話の矛先は私にも向けられた。
 「網場は愛八さんの生まれたところですたい。日見天満宮には愛八さんが奉納した玉垣も残っとっとですよ。ここだけの話ばってん、なんで丸山ばっかテレビで放送するとですかねえ。網場が本家ていうとに。悔しかですねえ。ほんなごと。記者さんに少し記事ば書いてもらわんばできんばい。あんたんとこの長崎日報は、オイの同級生が部長ばしよっとよ。名前は、えーと、佐々木、そう佐々木徳蔵やったかね…知っとるやろが?」
 世話役はだんだん目がすわってきて、ろれつが回らなくなった。私は無視したが、ブンちゃんはふんふんと聞き流しながら、本番前の準備に余念がない。小さな手鏡で化粧を直し、帯をきつめに締めて、ポンと叩いた。
 「ブンちゃん、何かたくましゅうなったね。頼もしかばい」
 「そうね。都会でもまれたけんやろう。人間、刺激が必要かとよ」
 「ほんとばいね。顔つきもキリッとしたごたるしね」
 「オイはね、東京で考えたと。長崎ば離れて初めて見えてくるもんのあるとさ」
 「どげんことね?」
 「一口では言えんとばってん。こん狭か街の良かところと、悪かところやろね」
 「ふーん。そげんもんかね」
 「長崎の芸人で生きるとやったら、そこば押さえておかんば。大切かところよ」
 今日の取材はブンちゃんの舞台を記事にすることに決めた。見出しは「新演歌の星、蛍茶屋文太さん、網場公民館まつりにゲスト出演!」となるだろう。

 午後一時から始まった舞台の部は、順調に進行した。舞台と言っても客席の最前列から一メートルと離れていない。高さはわずか四十センチほどだ。正面には「平成十二年度網場公民館まつり」と書かれた吊り看板と日の丸の国旗が据えられていた。
 出演者は公民館サークル活動の成果を披露する。持ち時間は約十分程度だ。関係者と身内が見守る中、緊張よりも気恥ずかしさが先に立ってしまうような独特の雰囲気があった。観客は観客で、舞台上の知り合いを見つけては、ニヤニヤ、ボソボソという具合で、終始、会場はざわついていた。
 老人会グループの詩吟、主婦のエアロビクス、幼稚園児の勇壮な和太鼓、ちょうど一年前に取材に訪れた時と同じようなプログラムが続いた。
 エアロビクスでは、二番めの曲がスタートした途端、音楽が突然止まってしまった。ピンクとイエローのボンボンを振りながら勢いよく飛び出した主婦の表情が、一瞬固まり、舞台のそでにすごすごと引き下がった。会場からどっと笑いが起きた。
 園児が登場した時など、観客席は大変な騒ぎとなった。家族が総出で応援に来ているので、狭い会場は異様な熱気に包まれた。カメラやビデオを構えた親たちが最前列を占拠した。子どもたちが「ヤーッ」とバチを掲げて決めのポーズをつくると、我が子めがけて一斉に歓声が飛んだ。
 この手の催しには地元のテレビ局や新聞記者はほとんど来ない。だから、ミニコミ紙記者に取材のお鉢が回ってくる。毎年取材してみると、これはこれでなかなか面白かった。発表グループが出演する度に、家族や知人が会場に押し寄せては、潮が引いたように消えていく、この繰り返しだ。客席の回転率が良すぎるので、主催者側が木戸銭でも取れば、ずいぶん儲かるはずなのだが。
 幾つかの舞台が終わり、観客の波が寄せては返した後に、ブンちゃんの出番が回って来た。会場は七分の入りだが、プロの演歌歌手ということが、期待の拍手を一番大きくした。ブンちゃんが自分で用意したテープから『長坂の恋』のイントロが流れ始めた。
 にこやかに登場したブンちゃんに「待ってました演歌屋!」の野太い声が飛ぶ。都落ちの演歌歌手とはいえ、素人が集まる公民館祭りでは、間違いなくスターだ。張りのある声でサビの部分をたっぷりと歌い上げ、ハンケチを握りしめたおばさんに流し目を送ると、津波のような拍手が沸き起こった。
 二曲目はご当地ソングの『日見音頭』。世話役にどうしても唄ってくれと頼まれ、一万円のギャラアップの提案に、ブンちゃんは断りきれなかった。どこで練習したのだろう、まるで自分の持ち歌のように、手拍子を催促して唄い始めた。
 私は一番後方に陣取って、シャッターを切った。ズームを使い、顔の表情を追った。あれは二番の歌詞の途中だったか、ブンちゃんの視線が、レンズ越しに一瞬静止したように見えた。盛んに目をしばたたき、みるみる顔が紅潮していくのが分かった。いったいどうしたのだろう。まさか上がっているわけでもあるまいに。
 その答えを知ったのは、数分後のことだ。曲を唄い終えたブンちゃんは、会場に向かってゆっくりと一礼した。拍手がやみ、ブンちゃんが一つ咳払いをすると、会場は静まった。それから、ある過去の出来事をしゃべり始めたのだ。

 お客さん、すまんばってん、少し話ば聞いてくれんですか。オイが中学一年生の時のことです。西山に父と母と三人暮らしやったとですけど、父は病気で休職中やったけん、貧乏で生活は苦しかったとです。
 ある日学校に行ったら、隣の席の机の上に修学旅行代の積立袋が置いてあったとです。何か、お決まりのテレビドラマのごたるでしょう。でも、本当のことです。袋を持って振ってみたら、じゃらじゃら音がしますもんね。悪かこととは分かっとりましたばってん、家はその日のおかずば買う金にも困っとりましたけん、ついつい、出来心で盗んでしもうたとです。そん夜、盗んだお金は母の財布にそっと入れてですね、後は知らんふりばしとったとです。
 会場に来とんなるお客さんに誓うばってん、けっして遊ぶ金欲しさじゃなかです。朝飯はなし。昼は日の丸弁当。晩のおかずが漬け物と梅干しでしたもんね。当時は。ほんと腹ばすかしとりました。すんません、何か、こげん暗か話になってしもうて…。でも続きがあるとです。もう少し聞いてくれんですか。
 次の日学校に行ってみたら、積立袋が無くなったと大騒ぎやった。隣の席の男は、昨日からずっとさがし回ったらしかです。でも、オイが盗んどるけん、見つからんはずです。
 まっ先に疑われたとは、やっぱりオイでした。盗んだ本人が言うとも何ばってん、そりゃもう一番怪しかですもんね。
 「本村ちょっと」と呼ばれて、…あの本村はオイの本名です、正直に白状すれば良かったとやろうけど、そこはまだ中学生やったけん、「オイは知らん」って言い張ったとです。ところが、職員室に連れて行かれて、とうとう担任の先生にばれてしもうて…。
 …実はその時の吉田留美先生が、今日この会場におんなったとです。さっき唄いよったら目と目の合うてしもうて、もうびっくりしました。十年以上会うとりませんもんね。でも、すぐに先生って分かりました。いくらオイが馬鹿でも、お世話になった恩師の顔は忘れんですけん。優しか目ですもん。歌ば唄いながら、あん時ば思い出して、胸の熱うなってしもうたです。お客さんにこっそり白状するばってん、実は三番の歌詞ば間違うてしもうて…、ほんなごと修業の足りんばい。
 あん時、先生に「オイがやりました」と正直に言ったら、涙が止まらんごとなってしもうたとです。一所懸命生きとるとに、どうしてまともにご飯ば食べられんとやろ、考えれば考えるほど悔しうなって…、大声で泣きました。自分も悪かばってん、世の中も悪かと思ったとです。そん時、びっくりしたとですが、吉田先生も一緒に泣いてくれました。
 「…文太くん、よかね。どんなにお腹が空いても、人のお金ば取ったらだめとよ。盗みはいかんとよ。分かるやろ。文太くんなら分かるやろ…」
 と先生は言いました。オイもしゃくり上げながら答えました。
 「う…、うん。よう分かります。でも、先生、腹のすいて…腹のすいて…我慢できんごとなって…」
 そん日は、吉田先生が西山の実家までわざわざ来てくれました。母に事の顛末ば話しなったとです。母は震え出しました。腰が折れんばかりに先生に謝まったとです。そん後、オイの顔ば平手で二度叩きました。母も泣いとりました。
 「うちはあんたば、そんげん情けなか男に育てた覚えはなか。勉強はでけんでもよか。ばってん、ウソばついて、人様のもんば盗んだらいかん。みっともなか…」
 母は涙声でした。
 「お母さん、文太君はそげん子どもではありません。心の優しか子です。お金を取ったことは悪かったと、本人も反省しとります。でも、先週やったか、お母さんが八百屋さんで、大根ば一本買うとに少しまけてくださいと、頭ば何度も下げなるところば偶然見たらしかとです。その姿ば見とるうちに、涙の止まらんごとなったそうです。お母さんが頭ば下げんで済むようにしたかったらしかです。あの金でおかずの買えると思ったとでしょう。本人もこうして謝りましたけん、今日のところは、こいで許してやってください。私の指導も足りんやったとです」
 先生は母に謝りました。オイは金槌で頭ば殴られたごたったです。金輪際、先生や親ば泣かすごたることばしたらいかん。こん時、固く心に決めました。
 翌日、先生はクラスメイトの前で「積立袋は職員室に届けられていました」と言ってくれました。落とし物にしてくれたとです。何分、田舎の中学のことですけん、そのうち泥棒の噂話は無くなりました。
 …あれから二十年経ったばってん、今、吉田先生の顔ば見つけてですね。お元気そうで、オイは嬉しかです。あん時はお世話になりましたもんね。
 そいばってん…、先生の顔ば見とったら、嘘はつけんもんですね。やっぱり。もう一つ告白せんばいかんごとのありました。これで最後ですけん。長うなってすんません。
 オイは演歌歌手て、偉そうにしとるばってん、本当は東京の悪徳プロダクションに騙された男です。先月逃げ帰って来たとです。CDも自分の借金で作りました。アパートに帰ればCD入りの段ボール箱が十個もあっとですよ。恥ずかしか話ばってん。
 長崎に戻った時は情けなかったです。都落ちですもんね。みっともなか。親戚や知り合いにも顔ば見せられんし、もう歌手ばやめようと何度も思いました。地元でチヤホヤされても、所詮、長続きはせんですもんね。長崎は長崎です。実は、ステージも今日で最後になるかもしれんと覚悟しとりました。
 …ばってん、ばってん、今日、先生の顔ば拝んで決心しました。もういっぺん頑張って、プロの演歌歌手ば目指したかです。『長坂の恋』ばヒットさせて、公会堂でリサイタルば開きたかです。そん時は吉田先生ば真っ先に招待しますけど、よかですか。会場のお客さんに約束しますばい。そげんせんば、先生に申し訳なかですもんね。一人前になって先生に報告せんば。
 先生、最後にもう一回言わせてくれんですか。高か所から恐縮ばってん、あん時は本当にありがとうございました。蛍茶屋文太、いつか恩返しばしますけん。待っとってください。ほんとに…ほんとですけん…。先生の優しか顔ば見たら、また目の覚めたごたっとです…。

 とうとうブンちゃんは泣き出してしまった。それが本心なのか、いつもの巧妙な演技なのか、私にも判断がつかなかった。
 会場の片隅に、何度もハンケチを目頭に当てる中年の婦人を見つけた。ベージュのカーディガンを着た小柄な女性が、吉田留美先生なのだろうか。小さな肩が震えている。ブンちゃんの話を、いちいちうなずきながら聞いていた。観客も話題の主が彼女だと気がついたらしく、周囲が騒ぎ始めた。観客から声をかけられる度に、先生はペコペコと丁寧にお辞儀をくり返した。舞台上のブンちゃんにも、控えめに手を振った。
 会場ではご婦人連が目頭を押さえた。ブンちゃんの話にあまりにも素直に感動し、拍手はいつまでも鳴りやまなかった。声援に応えるブンちゃん。目は真っ赤だ。
 期せずして「文太先生、万歳!万歳!」の大合唱が会場全体を包んだ。赤い顔の世話役が大声を張り上げた。舞台中央で深々と頭を下げるブンちゃん。ゆっくりと上げたその顔めがけて、再び「イヨッ演歌屋!」の野太い声が飛んだ。

 舞台終演後、会場の入口に、段ボール箱の上に並べたCDを、元気に売りさばくブンちゃんの姿があった。
 「お涙頂戴の、このインチキ演歌歌手が!」
 通り過がりに怒鳴ると、
 「何ば言いよっとね。こっちは必死に生きとるとよ。何でもありさ」
 ブンちゃんは、いつになく澄んだ目で、噛みしめるように答えた。
 「あのさっきの話は本当ね?」
 「ウソはつかんよ。八割は事実。二割は舞台演出たい。でもね、正直に言えば、吉田先生ば見つけた時に、ああ、今日はこの話ばすればCDの五十枚売れるって、頭ん中で計算したもんね。こいがプロたい」
 「人の良か長崎の客ばだますとたいね」
 「そいは違うよ。難しか言葉で言えばエンターテイメントさ。お客さんに楽しんでもらうと。先生も喜んでくれたもんね。そいで良かとさ」
 「お客さんは満足して帰ったごたるね」
 「そうさ。そいけん、オイの商売の成り立つとさ。夢を売る立派なサービス産業よ」
 「ふーん、ブンちゃん、成長したね」
 「なんの、このプロ根性が東京土産たい。長崎でじっくり蛍茶屋文太ブームば作って、また東京ば目指すとよ。『孫』も売れたとやけん、『長坂の恋』も売れんはずがなか」
 「ほほう、ブンちゃんからそげん言葉の出るとばいね。驚いた。今日は時間の無かばってん、今度ゆっくり飲もうや」
 「おう、その辺の話ばじっくりね。そん前にせいぜい宣伝記事ば頼むばい。ああ、そうたい、オイの広報担当ばしてくれんやろか?」
 「一応考えとくばってん、ギャラは高かよ」
 「あらあ、親友から金ば取ると。長崎んもんの風上にもおけんばい」
 「はははっ。じゃあ、ブンちゃん、お先に」
 「うん。お疲れ。今日はありがとね」
 こうして、半年ぶりに再会した二人の一日は終わった。翌週発売のミニコミ紙には、ブンちゃんの気どった晴れ姿が、堂々表紙を飾り、「デビュー曲好調!演歌屋ブンちゃん涙の秘話」の大見出しが踊った。                        

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