ABCCの話しに、つい出てきました。
私の父は、昭和26年から亡くなる平成7年まで、片淵町で内科を開業していましたが、その間、一貫して、自分の患者さんで、不幸にして亡くなった方を剖検(いわゆる病理解剖)し、死因を追求することをライフワークにしていました。
勿論、一介の町医者に過ぎない父は、剖検の技術も施設も持ちませんから、実際の剖検はABCCでなされ、場合によってはその材料が長崎大学にもまわされ、両方が独自の立場から病理診断を下すということだったようです。
父は常々、「一介の町医者だからこそ、自分の診療が正しかったかどうかを反省するためには、剖検は不可欠であるが、ABCCという存在がなければ私にはこのようなことは不可能だった」と、ABCCに深く感謝していました。
以下、ABCCに対する父の思いを父の本より、引用します。
「・・死者に対して礼を失しない剖検室のムードおよび思いやりある係員の協力を全面的に信頼し、遺体の粗末な取り扱い、あるいは事務処理の不手際等のために遺族の反感を買うことが絶対にないことを確信し(中略)・・・・この点について長崎ABCCおよび大学病理学教室の理解ある方針に感謝する。
ことに長崎ABCCの剖検事務の進め方と係員のゆきとどいた言動には敬服すべきものがあり、アメリカ医学から私が学んだ最高のもののひとつである。」
平君*、お父上の仕事に誇りを持って下さい。
長くなって、すみませんでした。
(*平君:平 浩明@43回生さん)